吠えてないで噛み付きなよ。

Start, your engine!

普通自動車免許を取得するために教習所に通ってるんですが、最初の写真撮影の時につい油断してしまい、このままだと半分白目剥いてる写真が免許証に使われてしまう。注意一秒怪我一生(精神的な)。昔からこの手の写真撮影がうまくいった記憶がない。中学高校の生徒手帳の写真も髪型が大変なことになっていたり顔面が大変なことになっていたりした。だから大学の学生証は失敗しないように最大限の努力をした結果、普通に面白みのない男の顔が映りました。髪型と顔面がベストでも元のポテンシャルが低いと意味がない。そうは言いつつも失敗した写真は撮り直したい。できるんだろうか。俺も満面の笑みで免許証の写真を撮りたい。そして愛した人の弟を守るために封印していた怪人態になり身を挺して彼をかばい、自らの命が消えかかるのを感じながらも免許証と変身アイテムを託し、最後の力を振り絞って諸悪の根源に一矢報いたい。俺とお前はダチではないが…持っていてくれ…燃えてしまうと勿体無い…。わからない人には全くわからないネタで申し訳ない。というかそもそも俺はロイミュードではない。魔進チェイサーにはなれない。Vシネマ買うかどうか真剣に迷ってる。

 

自動車教習所にはいろいろな人がいて面白い。教習を受ける時に名簿と成績表が一緒くたになった紙を献上しないといけなくて、それに生年月日が書いているのだけれど、この間隣りに座ったゲロマブ(死語)のお姉さまの名簿がチラっと見えて、42歳だったことには結構驚いた。確かに化粧濃かったけど。でもめちゃめちゃスタイルは良かった。後は工事現場から直接来ましたって感じのいかついお兄さんとかにちょっとびっくりする。髭を生やしたスキンヘッドの巨漢(つなぎ着用)が教室に入ってきたときの緊張感。勝手に感じてるだけなんだけど。たぶん教室内は核の炎に包まれないし世紀末にはならないんだけど、勝手に身構えてしまう。教室内には世紀末覇者も世紀末救世主もいないので、たぶんあの人が本気を出せばハート様の帝国が出来ます。ある程度有名なネタなら許されるだろうという、甘え。

 

f:id:bumppillows:20160304013210j:plain

ハート様のご尊顔。

 

自動車学校では甘え=死であることを徹底的に叩き込まれる(※個人の感想です)ので、ネットの世界でぐらい甘えさせてほしい。でもたぶん、ネットの世界でも甘え=死である。というか人生は全てそう、この世に安らぎなんてない、これも全ては貴方が前世で深い業(カルマ)を背負った結果なのです、このままだと貴方は5年以内に確実に死に未来永劫カブトムシに生まれ変わり続けます、助かりたければこの壷を。でもできれば買わずに生き残りたい。人生を好転させたい。ウルフルズでも聞こう。ウルフルズは理由のない自信をもたらしてくれるので最高。何もなくてもええねん、と胸を張って言えるように生きていきたい。みんなも僕と一緒に幼児期に置き忘れた自己肯定感を拾ってこよう。置き忘れてない子は公園の砂を食(は)もう。それでようやく僕たちは対等になれる。

 

公園から遊具が撤去されて云々、という話を聞く度に思うのだけれど、ヤバい遊具と砂場が同列に扱われるのがどうしても納得できなくて、あのぐるぐる回る丸いジャングルジム(以下、グルグル)みたいなやつとかさあ、あんなのは正直子ども心に「こいつは使い方を間違うととんでもないことになる悪魔の兵器だ」って思ってたし、遠心力とか、可動部に指挟むとか危険はあるから撤去されても仕方ないなって思ってたけど、砂場が撤去される理由って「破傷風」「犬がウンコする」「夏熱くなる」とかでしょ?それ、グルグルのリスクと釣り合ってなくない?破傷風とか道で転んでも危険あるし、犬のウンコとかもう飼い主が拾えって話だし、夏熱いのはどこでもそうだわ!コンクリも熱いわ!そういって砂場を撤去させた人たちの子どもはどこで遊ぶんだろうか。ラウンドワンとか行くのかな。僕の所属する子ども会の子たちは元気に砂場を掘り返してスコップを土に埋め、後で取り出せずに困っているので、たぶん砂場に入っても子どもは死なないと思います。でもボールプールってたまに行くと超楽しかった記憶がある。手当たり次第にボールを凹ませ続けていた記憶がある。この頃から既に性根が曲がっている。暑い時は屋内型遊戯施設に子どもを連れて行こう。熱いし、砂場。そろそろ終わろう。

 


ウルフルズ - どうでもよすぎ

知ったかぶりで責めないで 腹がよじれそう

 


MOON CHILD / ESCAPE

イントロの時点で「最高…」以外の感情をなくす。

 

 

 

ミーハーな人とハードボイルドジャズと

失恋の話をします。

 

人に影響されやすい性格をしているので格好いいと思ったことはすぐ真似してしまう。昔からどうしても自分を無条件に肯定することが難しくて、自分じゃない誰かになりたいという願望が強かったせいかもしれない。格好よくないと自分には生きる価値がないと昔は本気で思っていた。だからソフト帽はマネークリップで腰に留めるし、椎名林檎は今でも聞いてるし、撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだし、男の仕事の8割は決断だと思っているのだけど、好みがすごく偏っているのは自覚しているのだけれど、今更三代目 J Soul Brothersとか西野カナとかを聞ける気はしないので、たぶんこのまま死ぬまでカッコつけ続けるんだと思います。ATSUSHIとは別ベクトルの方向に。最近ソフト帽は被ってないけど、多分一生剃りこみ坊主にはしない。サングラスもかけない。会いたくて震えたりもしない。仮面ライダーは見る。

 

そんな感じで人に引きずられる性格なので、終わる前はもう少し感傷に浸るのかなと思ってたけれど、終わってみると存外ケロッとしてて、会った人にそういえば最近彼女と別れたんですけどぼく結婚できるんですかねハハハなんて言ってて、じゃあ本気じゃなかったのかなというと別にそんなことはなくて、これまでと同じようにその人のことを愛していたのだけど、でも色々なことを考えたりイラついたりしながらも、結局明日も腹は減るし、将来のことも考えなければいけないし、そこに留まり続けることはできなくて、結局のところ自分には目についたバーに入ってお気に入りのウイスキーと一緒に何もかも腹の中に押し込めて歩いて行くより他にない。

 

f:id:bumppillows:20160229234014j:plain

ジェントルマン・ジャックは美味しいのでみんなも飲もう。癖がない酒が好きだ。

 

これは分別がつくようになったのか、それとも痛みに慣れて鈍感になっただけなのか、よくわからないしきっと生涯わかることはないんだろうな、ぼんやりとそんなことを思って、ジェントルマン・ジャックと将来への焦りが綯い交ぜになって消化管を流れていくのを感じながら、終電に間に合うようにバーを出て(京都ではめったに電車に乗らないので福岡で遊ぶとよく終電を逃す)、イヤホンからジャズを流しながら中洲の街を歩いて、今のところ福岡ではそうやって過ごしています。新しく買ったコートを着て、次は誰に会いに行こう。

 


NONA REEVES / ガガーリン

意識を失くして「ダスヴィダーニャ」


John Coltrane - Spiritual - Live At The Village Vanguard

ハードボイルドジャズの定義が今一よくわからない。

就活生がすなる自己分析といふものを、我もしてみむとてするなり

昔々あるところに、自分のやりたいことをやってきたし、やりたいといったことは大概はやらせてもらった少年がいました。具体的に言うと水泳とか書道とかサッカーとかをしました。でも「俺はギターで食っていく」と言った時は全力で止められました。止めてくれて本当に良かった。14歳になり中二病真っ盛りな少年は恋に落ちます。この頃の恋などほとんど病気みたいなもので、少年は浮かれポンチのクソ野郎でした。Gmailでずっとメールしてた。結局3ヶ月でフラれる少年は、しかし強烈な知見を得ました。「誰かのために何かをするのは楽しい」自分の行動で誰かが喜んでくれることは少年にとって何者にも代えがたい幸福だったのです。それまでなんとなく周りに馴染めず疎外感を感じていた(少年はthe pillowsとかcoccoとか同級生はあんまり聞かないような音楽を聞いてニヤついていました)少年にとって、それは幸せになるためのほとんど唯一の手段でした。

それから少年は青年になり、高校に通ったり、ギターを弾いたり、大学に落ちたりして過ごしました。青年は側にいる人を喜ばせようと努力しました。でも結構失敗していたような気がします。だいたい気が緩んでいるときに不用意な発言をするのがお決まりのパターンでした。青年はこの癖をいい加減直さないといけないと思います。だいたい危機というものは安心しきった時に発生するものです。相手が勝ち誇った時そいつは既に敗北しているのです。ジョセフ・ジョースターのやり方は老いてますます健在です。3部アニメは最高でしたね。あんなジジイになりたい。

そしてある時、部屋であんかけチャーハンを食べていた青年は気づきます。「ああ、俺は自分一人では決して満足することができないのだ」そう、青年はいつの間にか手段と目的をすり替えて生きていたのです。いったいいつからこんなことになってしまったのか、それとも始めから(中学2年生の時に同じクラスの金森さんと付き合った頃から)取り違えていたのか。幸せに生きるための手段であったはずのそれにしがみつく己の姿はとても滑稽に見えて、青年は高校卒業以来部屋の隅で埃を被っていたギターに触れ、Eのコードをぽろんと鳴らしましたが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが言っていたように指先解放二弦の刹那と想像力で世界を変えるには、自分は年を取りすぎているように思えました。あんかけチャーハンのあんが少ししょっぱくなったような気がして、青年は顔を歪めましたとさ。

そんなわけで、人に喜んでもらうと嬉しい少年はこの後どうやって生きればいいのかなんですけど、誰か教えてください。とりあえず髪を切って新しい服を買った。失恋した中学生女子みたいな行動しかできない。誰か俺の欲望を探してくれ。たぶん福岡から京都の間で落としてるはずなんだ。あーでも法律はもっと勉強したい。今の俺には向学心しかない。幸せに生きたい。うんこ。さようなら旧世紀。

※この物語はフィクションです。ほんとほんと。

 

ワールド ワールド ワールド

ワールド ワールド ワールド

 

 

黒博物館についてのあれこれ

 前置きの前置き

 この記事は読み手が『黒博物館 スプリンガルド』『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を読んでることを前提に書いています。読んでない人に1から説明をするのは面倒くさいのと、ネタバレに配慮しながら書くのが面倒くさいからです。面倒くさい2回言った。でも一応わかるようには書きます。

はじめに

 「なんで放置してんの?」って言われたんだけど、別に放置してるわけではなく、単純にTwitterで事足りるからこっちに来てないだけなんすよ。

 まああと、何の意味もない日常のあれこれはTwitterでよくね?って感覚が俺の中にはあって、なので特別なことが起こらないとここに書こうと思わないんですよ。読んでる方も「きょうはちーずけーきをたべました」みたいな記事読んでもクソの役にも立たないじゃないすか。ちなみにチーズケーキはここ数年食べていません。無意味な嘘。俺は偽りに塗れた男…。

 じゃあ今日はなんかあったのかって話ですが、これを買いました。

 

 

 

 

 

  うしとらアニメ化?今更?でおなじみ藤田和日郎先生の新刊です。藤田和日郎は何くりサーカスとか○光条例とか長編のイメージがたぶん強いんだろーなーと思うんですけど、短編も良いです。というか、長編だとこの人は風呂敷をゆっくりゆっくり広げてズバババーン!と勢い良く畳みだしたはいいものの最後ちょっと畳み方歪んでるよね、これはお義母さんに怒られちゃうわ、なんだい最近の嫁は風呂敷も畳めないのかい!みたいな感じになりがちな気がするんですが(ごめんなさい)、短編だと残り話数的な問題で早めに風呂敷を広げなきゃいけないという制約があるせいか風呂敷ズババーン!と広げてズバババババーン!と畳んでくれるので、長編なら残り5巻ぐらいの所でようやく顔を出す藤田漫画のカタルシスがたった2巻で楽しめるという、これはもう最高なのではないか、「最」の「高」なのではないか、と思う次第です。邪眼は月輪に飛ぶとかも面白いよ。

 

で、この漫画がどう最高なのかは、もう読んでくれとしか言えないので書きませんけど、1回目読んでちょっと疑問に思ったことがあるんですよね。それについて書きます。ここからネタバレし散らかすのでみんな気をつけていこうな。

 

なぜ〈灰色の服の男〉は愛するものと共に行かないのか

 疑問に思ったのは、クライマックスで、

「なんでグレイはフローと一緒に天国に行かないの?」

ってことなんですよね。てめえこのやろうフローがあんな顔して「私一人じゃ…嫌…!」っつってんのに何が「まだ見たい芝居がある」だああ!?しばくぞコラ!ぐらいのテンションで読んでたんですけど、よくよく考えると当たり前のことなんですよね。「グレイは良い芝居を見たいだけであり、愛に殉じるキャラクターではないから」なんですよね。これがめんどくさいというか、本編中だと四六時中グレイとフローがいちゃいちゃいちゃいちゃラブがコメしてるんで忘れるんですよね。ニ○コイよりよっぽどラブがコメってたぜ。いや、フローはたぶんグレイを愛していたし、グレイもフローを愛していたかもしれないけれど、彼女とどこまでも共に行くような男ではないのです。精神構造がそうなっていない。

 なんかフローは天国に行くけどグレイは地獄に行っちゃうから会えないみたいなことを某巨大掲示板でちらっと見たりしたんですけど、グレイはたとえあの時天国に行けたとしても、フローと一緒には行かないと思うんですよ。なぜなら「まだ見たい芝居があるから」

グレイの人格形成

 グレイには愛する舞台女優、シャーロットと駆け落ちしようとして失敗した経験があります(そしてそれが元で死にます)。ここが微妙にぼかされた書き方なので、普通に心変わりされたのか、パトロンの「男爵」が勝手にあの男の娘の殺し屋を雇ったのかちょっとわかんない(個人的には後者じゃないかなーと思う)ですが、とにかくそれをきっかけにグレイは変わります。生前の駆け落ちを「オレなんかが絶対につかめねえ夢」と言い、「ここに座っていればいろんな夢が見られる」から劇場に住みつき、いつかまたシャーロットに会える日を夢見ながら芝居を見続ける幽霊となったのでした。グレイにとって生前目指したような「熱い」思いは所詮夢であり、手慰みに見るものではあっても自分が勝ち取るものではなかった(自分が得ることはできないものだった)わけです。換言すれば、物語開始当初のグレイは現実に絶望しきっている。

 グレイの時間は殺された時で止まっています。前に進もうとしてないわけです。藤田漫画によくあるパターンですね。というか完全にとらとヒョウさんを足して2で割ってケレン味を足したみたいな感じですね。ところが「熱い一人舞台」を演じるフローと出会ったことでグレイの時間は再び動き始めます。夢を追い求められるのは芝居の中だけだと思っていた。でもこの女は何かが違う。現実の世界にもこんな奴が居るのか。その思いはボブに「あのお方は人を絶対に裏切らない」と言われたことで確信へと変わります。

 ただ、だからといって、フローがグレイにとっての恋愛対象になったわけではないんですよね。グレイはあくまで今まで舞台の上でしか見られないと思っていたモノを現実でぶちかますフローをもっと見たいからフローに憑いてるわけであって、フローを愛しているから憑いてるわけではない。

 要するにグレイがフローを護るのは、舞台の上の贔屓の女優がやられそうになったら観客席からドタドタ走ってきて悪役をぶちのめしてるみたいなもんで、ヒーローショーを見てる子どもが「ウ○トラマン負けるなー!」って言ってるのと本質的には同じなんですよね。だから成熟した恋愛関係というか、「一生添い遂げる」みたいなベクトルには行かないわけですよ。

 もっと言うと、シャーロットに一度裏切られた(少なくともグレイの主観では)自分には舞台の上に上がる資格はない、と思い込んでいるから、フローと添い遂げるという選択肢がグレイの頭には昇らなかったのかもしれない。最終決戦の時の「幽霊はただ見てるだけだ」っていう台詞はそういうことなのかなと思っていて、確かに現実でも熱い思いを力に変える、芝居の登場人物のような「熱い」奴はいるけれど、死んだ自分はただそれを観測するしかない、みたいなある種の諦観というか、そういったものがグレイの根底には流れてるような気がします。「だから弱っちくてキレエなんだよ…人間は…」ってやつですね。またうしとらに絡めてしまった。ゆうてアンタ、ストーリーに絡みまくってるけどな。ガツガツ舞台に口出してるけどな。まあこまけえことはいいんだよ!

おわりに

 生前のトラウマ、熱い思いを形にできる生きている人間への羨望、そういった色々が綯い交ぜになった結果が、「まだ見たい芝居がある」から「オレは行けねえんだな」なのかなあと思う次第です。そう考えると、フローと一緒に天国に行かないのも自然かなと。フローもそれを十分に分かっていて、でもそれでも一緒にいたいという感情を抑えきれないまま、その結果が「バカ…」という一言、そうだったらいいなっていうお話でした。

 まあつまり何が言いたいかっていうと、ヒロインが昨今の量産萌えアニメより114514倍可愛いので、この漫画を全人類は買えってことが言いたいのでした。でも残念だったな!某大学生協のショップ○ネの分は俺が買ったからな!バーカバーカ!あと藤田漫画は平成仮面ライダーと同じで、初めつまんねと思っても風呂敷畳み出したら途端に面白くなるっていうタイプの作品なので、最初は我慢して読め。面白くなるから。剣も途中から面白くなったやん?「お前に俺の時間は…止められない!」とか最高やん?まあこの話はいいや。藤田漫画の絵が嫌いとかいう奴は知らん。あるるかんに切り刻まれればいいんじゃない?

おしまい。

 

 

 

 

 

未だ見ぬFカップを求めて

僕の知り合いの女性の95割から「死ねこのクソムシ」と罵られてパッドを投げつけられうるタイトルから始まってしまいましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。ぼくはげんきです。だいがく3ねんせいともなるとげんじつがめのまえにせまってきます。とてもつらいです。つぎのがくねんはしょうがく4ねんせいがいいです。

 

さて、皆様へのご機嫌伺いのついでに聞きたいことがある。というかほぼそれが目的でこの文章を書いていると言っても過言ではない。

君はFカップを見たことがあるか。

Fカップがどれぐらいかわからない人のために参考資料を用意した。これだ。

f:id:bumppillows:20150511004923p:plain

今野杏南って言うほど石原さとみに似てないよね。

 

話が逸れた。Fカップに話を戻そう。

僕は正直胸を張って「見た」と言えない。この画像を見ると更に言えない。人生においてこれほどのバストにお目にかかったことが果たして何度あるだろうか。ポケモン金銀におけるエンテイスイクンライコウ並みの出現率である。(カップはトップとアンダーの差だから純粋な大きさじゃない云々の話はここでは考えないことにする)

しかしこれだけでは不十分だ。たまたま僕の周りに巨乳美女がいないだけかもしれない。データが必要である。しかしこんな邪極まりないデータをとっているところなんてあるのだろうか。

f:id:bumppillows:20150511010032p:plain

あった。

www.cusugle.com

このHPによれば、どうやらトリンプが調査をしていたらしい。純粋なマーケティングであった。邪とか言った自分が恥ずかしい。

さて、肝心のFカップの女性は7%である。7%。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれかも知れないが、少なくとも頻繁に見るものではないことはわかる。

 

ここで「Fカップはラティオスラティアス並みの存在」ということで話を終わってもいいのだが(そろそろ眠くなってきたし)、僕が言いたいことはもっと先にある。

ここで次の論点の導入のために全く別の話をすることを許して欲しい。

 

誕生日のパラドックス、という言葉がある。

誕生日のパラドックス - Wikipedia 

集団の中に同じ誕生日のペアができる確率が50%を超えるのは何人の集団からか?という命題で、答えは23人なのだが、これが人間の実感と解離するというところからきた言葉だ。

つまり、

「ホントに23人で50%の確率で同じ誕生日のペアができるのかよぉ~、オジサンは信じないぞぉ」

ということである。なんでウザい中年みたいになったのかは僕にもわからない。

 

この話から導き出される結論は、ある種の命題の解は人間の直感とかけ離れることがあるということである。僕はこの種の命題に新たなものが加わるのではないかと感じている。

すなわち、Fカップ幻のポケモン問題である。

 

というのも、このFカップメタルキング問題、男性には一定の支持を得る(メタルキングはすぐ逃げるしな、でも経験値はデカイ、というひとしきりの笑いも提供できる)ものの、女性に同意をしてもらった例がない。彼女たちいわく、

「え~、そんぐらいおっきい子普通にいるでしょ」

「男子が気づいてないだけでおっぱい大きい子はいるよ~、見る目がないだけじゃないの?」

このような感じで、「ふふふ、まだまだ審美眼は子どもなのねボウヤ」「おねえさんが本当のこと教えてあげる、こっちへいらっしゃい」と言わんばかりの態度を取られるのだ。もちろん二つ目は嘘だ。単なる自分の願望である。男の子はおねえさんに1から10まで手ほどきをしてほしい生き物なのだ。

 

己の性的願望を吐露した恥ずかしさは脇に置いて、僕が興味が有るのは、なぜ男女間でこのような認識のズレが生まれているのかということである。

客観的に見ればFカップはどう考えても少数派だ。1/10以下の確率でしか出会えないのだから。しかし、女性の側からそれを肯定する意見は聞かれない。何がこの認識の差を生んでいるのか。興味は尽きない。だが興味が尽きないからといって僕が「実地調査だ!」などと言って女子更衣室に突入するともれなくお縄になってしまうのでそれもできない。

ならばこの知的好奇心はどうやって満たせばいいんだ。積もりに積もる欲望。燻る感情。いっそのことトリンプに就職するか。トリンプの人事をあまりにナメきっている発言。ブラジャーの神様から天罰が下ること請け合いである。ブラジャーの神様って何だ。いい加減眠くなってきたのでおしまい。

おわび

えひめ旅行日記についてですが、これ以上書くことはしません。全国13人の俺の旅行記ファンの皆様には大変申し訳ない気持ちで言葉もありません。

 

理由としては、

・写真を思ったより撮ってない(ガラス美術館では写真撮ってないし、松山城も城の写真を撮った記憶がない)

・同行者と楽しく過ごしました、道後温泉は最高、以外に感想がないので面白くない。

が挙げられます。非力な私を許してくれ。

日記(旅行のことその1)

先日、愛媛は道後温泉に旅行に行ってきた。

f:id:bumppillows:20150325175828j:plain

路面電車松山駅から道後温泉駅まではこれに乗る)

 

大学生になってから宿泊旅行するのは初めてかもしれない。もう家族で出かけることもないし、大学生になってからは宿泊旅行に行く暇などなかった。サークル旅行は帰省と被ってたりして行けなかったし。

f:id:bumppillows:20150325191054j:plain

(ピンぼけ気味の正岡子規道後温泉駅の近くにいる。隣に足湯がある)

 

道後温泉に行くことも宿泊するホテルも同行者(言い出しっぺ)がほいほい決めてしまった(俺がしたのはでてきた候補にここがいいな、と言ったぐらい)ので、あれよあれよと言う間にプランが確定してしまった。今まではだいたい決められる側じゃなくて決める側にいることが多かったので、くすぐったいような申し訳ないような、さてどうなるかしらと思いながら新幹線に乗り、しまなみライナーに乗り、市電に乗って道後温泉まで行ったわけであります。

f:id:bumppillows:20150325191506j:plain

(道後商店街の入り口。この写真の位置の右むこうに正岡子規がいる)

 

f:id:bumppillows:20150325191833j:plain

道後温泉駅)

 

 

道後はいいところだった。みかんは思ったより推されてなかった。というか愛媛=みかんという自分の貧困な先入観をすっかり打ち砕かれた。愛媛県はすごい。

道後温泉本館、道後ぎやまんガラス美術館、松山城に行ったのですがそこのお話はまた今度。