吠えてないで噛み付きなよ。

運命に立ち向かったものとしての映画

 最高の映画を見たので、最高の映画の話をします。ネタバレします。  

シング・ストリート 未来へのうた

シング・ストリート 未来へのうた

 

  

 

  もうあらすじの時点で面白いことが確定的に明らかだったのでめちゃめちゃ楽しみにしながら映画館に行ったわけですが、予想通り大変面白かったです。以下面白ポイントを述べます。

1.音楽の力が完璧に再現されている

 バンドをやってた人なら共感してくれる所だと思うんですが、シング・ストリートはバンドのワクワク感を忠実にスクリーンに再現しています。エイモンとニヤニヤしながら曲作ってるシーンとかあーこんなんだったなーって思いながら懐かしかった(僕は曲も歌詞も書けないマンだったのでコードと歌詞を書く人間と頭突き合わせながらリードギターを作ってただけだったけど)、「シング・ストリート」っていうバンド名決めるところとかもう完璧です、だいたいしょうもない名前が2,3出てきてから、「あー…ええやん…気に入ったわ…。」ってなる名前が出てきて決まるんですよああいう時は。

 個人的に好きなシーンが、中盤体育館でMVを撮るシーンで、もうここでは都合のいいことが起こりまくるんですよね、保守的なカトリック高校で自由の象徴アメリカのダンスパーティーが開ける、離婚の危機にある両親も、その両親に振り回されてグレてしまった兄貴も、強権的な校則を押し付ける先生も、気になるあの子もみんな自分の音楽で幸せになるんです。歌詞にあるように何処へだって行ける(You can go anywhere.)んです。けど、これ全部コナーの妄想なんですよね。演奏が終わって我に返れば、きったない体育館とやる気のないエキストラが目の前にいるだけで、現実はなーーーーーーーーーーんも変わってない。両親は結局別れるし兄貴は落ちぶれたまま、先生は洗面台に顔を突っ込んで化粧を無理やり取らせるし、彼女は年上の男とロンドンに行くわけですよ。音楽なんて所詮そんなもんなんですよ。音楽の明と暗を1シーンでここまで描ききれるのかと思って映画館で寒気がしました。ここだけでも見る価値があるといって良いと断言できます。

 ここで終わったらただのニヒリズム映画やなおもんなって感じですよ。しかしここでは終わらない、コナーは「悲しみの中の喜び」を見出し、クソみたいな現実の中でも必死にあがこうとします、そしてその姿勢が現実を確実に変えていくわけです、虐待されてるいじめっ子に居場所を与え、彼氏に裏切られ失意のうちにダブリンに戻ってきたラフィーナに活力を与えるんですよ、めちゃめちゃロックじゃないですかこれ??????ここまで音楽の力を前向きに描いた映画あった??????だいたいバンド映画って青春を描く道具としてバンドが単に使われてるだけってのが多くて(リンダリンダリンダとか完全に僕はそうだと思ってますけど)、いや面白いけどさあ、それってバスケとかでもいいんじゃあねえの?ブルーハーツ使っとけばみんな見るとか思ってんだろボケと思わざるを得なかったわけですが、この映画は音楽を使うところに必然性をきちんと持たせてきているところがとても好感が持てます。アツい映画です。最後のライブシーンを見てアガらなければ嘘です。

 

2.家族愛の丁寧な描写

 シング・ストリートはバンド?何それ?って人でも楽しく見れます、それは家族愛の描写が最高だからです。まあ両親はクソなわけですが。

 コナーの人格形成に大きく寄与しているのは間違いなく兄のブレンダンです。最初はラフィーナに声をかける口実だったバンドを形にするためにコナーはレコードを山ほど持ってる兄のもとに行き、ブレンダンはコナーに惜しみなく知識を与えます。これは弟がいる兄しか共有できない感覚なのかもしれませんが、弟を愛しているからじゃありません(もちろんブレンダンはコナーを愛していますが)。兄貴というのはそういう存在なのです。弟のためにジャングルを切り開くのです、それが仕事なのです。兄に課せられた使命です。使命ですから当然楽しいだけじゃないいろいろな思いがあります。「俺が切り開いたんだ!お前は開拓された道を歩いただけだ!(調子に乗るな!)」とブレンダンが怒りを爆発させるシーンがありますが、全兄は大きく頷くことでしょう。

 ちらっと書きましたが、ブレンダンはドイツで勉強したいという夢を親の都合で断念せざるを得ませんでした。そこから彼はやさぐれていくわけですが、基本的にはこの物語でブレンダンの状況が改善することはありません。ドイツに行けるわけでもない、ギターが再び弾けるようになるわけでもありません(ギグでギターを弾いてくれというコナーの申し出にブレンダンが応えることはありませんでした)。

 それではブレンダンは救われなかったのか。これは断じて否です。ブレンダンは自分ができなかったことをコナーに託すことができたからです。己の知識と精神をすべて注ぎ込んだ弟が、自分が追えなかった夢を追いに旅立つのです。この身朽ち果てても悔いはありません、魂は後へと続くものに受け継がれていくのです。二つの思いを二重螺旋に織り込んで明日へと続く道を掘るのです。人間賛歌…ッ!もうジョジョの話なのかグレンラガンの話なのか分かりません。

 ラスト、ブレンダンが車の中で"Yes!!!!"と叫びながら嗚咽するシーンが、僕は一番好きです。よく頑張ったよブレンダン。お前は最高の男だよ。

 

3.ラストシーンについて

  ラスト、コナーがラフィーナと祖父の船に乗って憧れのロンドンを目指しますが、あのシーンを見ると我々はダスティン・ホフマンの卒業(1967)のラストシーンを想起せずにはいられないわけです。結婚式をヒロインと抜け出したからって未来はバラ色とは限らない。バスの中で現実を思い出すと暗い気持ちになるわけです。もう気が気じゃなかった、船転覆するんちゃうか、津波に飲まれたらどないしよ…とか思いながら見てたんですが、エンドロールで謎が解けた思いでした(こういうことがあるのでエンドロールは必ず見ましょう)。

 エンドロール中盤、Sing streetの最初の曲であるThe riddle of the model(モデルの謎)が流れます。最初の曲が流れる粋な演出かなーとか思って聞いてたんですがどうもおかしい、劇中の曲より明らかに演奏も歌も上手い…とここまで考えて、ああ、と思い至りました。違うかも知れないけど俺の中ではそういうことにしておきます。

 あれは現在(2016)のSing streetの音源だと思うんです。今からちゃんと説明するので石を投げるのは待ってください。

 コナーがロンドンで成功したかどうかはわかりません。ラフィーナとも速攻別れたかもしれません。エイモンは「レコード契約を取って俺たちを救い出せ」と言っていましたがそれが成功する保証はどこにもありません。現実なんてそんなもんなわけです(体育館のシーンを思い出してください、この映画は決して「音楽やっとけば人生オールハッピー!」という映画ではありません)。

 それでも、夢が叶わなかったとしても、高校生のあの瞬間、メンバーと一緒に作り上げた曲は残ります。運命に立ち向かった記憶が形となって残るわけです。演奏し終わった後、彼らは「キマったな」と笑いあいますが、そう言いあえる仲間が人生にどれだけいるでしょうか。それこそが人生の財産なのではないでしょうか。商業的成功なんて、そんなものの前では、どうでもよくはないですか。Sing streetがロンドンで成功したかどうかはこの映画の本質にとって些末な問題なわけです。

 

 これを書きながら高校のときに録音した音源を聞いてみました。ギターは壊滅的にヘッタクソだけど(今も別にうまくはないですが)、なんか泣けてきました。バンドしてえなあ。